2013.01.26 立教大学大学院キリスト教学研究科主催 公開講演会 |
「シオニズム・イデオロギーの宗教的根源
―現代イスラエルの成立と展開における、キリスト教シオニストの役割―」
ヤコヴ・M・ラブキン(Yakov M. Rabkin)氏
(カナダ・モンレアル[モントリオール]大学教授)
講演者によれば、現在のイスラエルは古代イスラエルの宗教文化伝統の継承者ではなく、近代的シオニズム・イデオロギーによって急速かつ強烈に造成された国家である。その成立に際しては、福音主義的なキリスト教徒たちの神学的利害に由来する「キリスト教的シオニズム」が多大な影響を与えた。この構造を理解することが、現今のイスラエル問題および中東問題を真に批判的に理解する鍵となる、と説く。「キリスト教」世界の一部が果たした、そして今もなお果たしている、いわば暗黒の政治部分が浮き彫りとなるであろう。
【講師略歴】
1945年、旧ソ連レニングラード生まれ。ユダヤ教徒。レニングラード大学で化学を専攻、モスクワ化学アカデミーで科学史を学ぶ。1973年以来、カナダ・ケベック州モンレアル(モントリオール)大学で歴史学を講じる(現在、同大学教授)。科学史、ロシア史、ユダヤ史を専門とする。多数の言語を自由に操り、その浩瀚(こうかん)な学識を駆使しつつ、広く研究・執筆活動を行う。とりわけ反ユダヤ主義やイスラエル・パレスチナ問題に関して、沈着かつ広汎な批判的視点を提供し続け、シオニズムと現在のイスラエルの発生に根源的な批判を行っている。
【講演メモここから】
シオニズムはユダヤ人を急進的にした社会運動である。
シオニズムはあまりにもユダヤ人の生活を変えてしまった。
イスラエルという言葉の意味も変えてしまった。
こんにち、イスラエルとは、海の向こうの政治国家のことです。しかし、聖書とユダヤ教の経典においては、そして今までのすべてのユダヤの賢人の言葉では、イスラエルとは「聖なる共同体(コミュニティ)」のことです。ユダヤ教徒にとって「イスラエルであること」は、神に誠実であること。最近はユダヤ人よりも、ユダヤ教よりも、イスラエル国家のほうが重視されています。
シオニズムとは、人によって違う意味を持ちますが、支配的な潮流として、4つの目標があります。
1.トーラーを中心としたユダヤアイデンティティーを、民族的アイデンティティーに変容させること。
2.ユダヤ人が当時も今も無かった、国家語を発展させること。
3.ユダヤ人をそれぞれの出生国から、パレスチナへ移動させること。
4.パレスチナ地域の政治的、経済的な支配権を、実力を行使してでも確立すること。
当時のシオニズムの課題は、ハンガリーなどヨーロッパの他国のナショナリスト運動よりも困難だった。帝国主義と戦うだけではなく、土地も共通言語も無かったからです。
2000年間発展してきたラビ・ユダヤ教は、トーラーを元にしている。19世紀ヨーロッパのユダヤ人は、世俗化の影響を容易に受けていました。一部の特にロシアのユダヤ教徒にとっては、宗教的アイデンティティーを失いやすかった。しかし、シオニズムはオーストリア・ハンガリー帝国に起源があります。
テーオドール・ヘルツルは、もともと長らくユダヤ教から遠ざかっていました。「シオニズムは、インテリ層とラビに背を向けた者の発明だ」と批判されました。1897年、スイスのバーゼルで第1回シオニスト会議が開催されましたが、これは当初ドイツのミュンヘンで開催しようとしたものの、多数派のユダヤ教徒の間ではほとんど評価されませんでした。第二次世界大戦後も、多くのユダヤ人にとって、シオニズムは受け入れがたいものでした。彼らの「ユダヤ教徒はヨーロッパに居場所は無いから、パレスチナに行こう」という主張は、ナチスと同じだったからです。
「武力でパレスチナに帰ってはならない」というのが、本来のユダヤ教の教えなのです。伝統的ユダヤ教によって、シオニズムは脅威でした。ヨーロッパのナショナリズム運動の多くでカトリックが運動の要でした。しかしシオニズムはユダヤ教の全宗派の反対に会いました。
シオニズムの本当の起源は、プロテスタントです。ヘルツルの生まれるはるか前に生まれました。シオニズムとプロテスタントの共通点は、聖書の字義通り(文字通り)の解釈です。伝統的ユダヤ教では、聖書は解釈されるべきもので、文字どおりに受け取るものではありません。たとえばモーゼ五書の「目には目を」というのは、目を奪われたら相手の目もえぐってしまえという意味ではなく、伝統的ユダヤ教では、金銭的な補償をする、賠償を払うという意味です。
1585年、英国の牧師が、ユダヤ人のパレスチナへの帰還を主張しました。「聖書の預言が成就するために、イスラエル国家が必要である」というのです。ユダヤ人が聖地に帰ると、キリストの再臨が早まるというのです。17世紀には、ユダヤ人の聖地への帰還、国家再建を主張するプロテスタントが多く現れました。しかし、このような説は、歴史の現実を無視している。例えば1492年、スペインのユダヤ教徒は国外追放されました。受け入れたのはオスマン帝国です。彼らはイスタンブールやイズミルなどに住みました。パレスチナに行ったのはごく少数です。学識のあるラビたちだけでした。彼らは「我々はトーラーの知識があるので、ここに住む権利がある」と主張しました。しかしプロテスタント世界では、「すべてのユダヤ人はパレスチナに帰るべきだ」というのです。
18世紀末、ジョセフ・プリーストリーがラビを説得し、集団移住を提案しましたが、受け入れられませんでした。ラビたちは、預言者エレミアの言葉を守ったのです。「ユダヤ人は今住んでいる場所を大切にせよ」という。しかし19世紀、この概念は英語圏のプロテスタント教国で普及しました。しかもそれは植民地主義と密接に絡み合った。1838年、英国領事館がエルサレムに開設されました。イギリスはヨーロッパ諸国に政治的に働きかけ、パレスチナへの移住や、先住民の追放まで考えました。これが英国における政治的な活動になっていきました。
エマヌエル・カントはユダヤ教徒を、「我々に紛れ込んだパレスチナ人」と呼びました。
ナポレオンはエジプト遠征の際、フランスの軍事的支配下によるユダヤ人国家を構想しました。19世紀末、こうした流れがヘルツルにつながるのです。ヘルツルはもともと、すべてのユダヤ教徒をカトリックにしようとしました。
パレスチナに移住させることと、各国でのけ者にされることは、表裏一体です。やがて反ユダヤ主義が興り、「ユダヤ人はこの国に居るべきではない」と言われるようになりました。ヘルツルは「反ユダヤ主義はよき友であり、同盟者だ」と日記に書いています。シオニズムと反ユダヤ主義は、互いを補う、補強するものなのです。英国の福音主義(アメリカに広がったもの)と同じです。アメリカのクリスチャン・シオニズムもこの流れです。ユダヤ人の人口の実に4倍、5千万人のアメリカ人が、これを支持しています(宗教団体の自己申告)。
彼らは信じています。ユダヤ人が聖地に帰ると、黙示録的な戦いが起こる。そしてキリストの再臨がある。この時、キリスト教に改宗したユダヤ人は生き残り、他のユダヤ人は死ぬ。彼らのシナリオは5幕あって、ユダヤ人は4幕目でいなくなる。彼らは急進派イスラム教徒は脅威であり、イスラエルを支持する。
プロテスタント・クリスチャンの全員がこうなわけではない。
キリスト教徒の中でも意見が分かれている。
聖地エルサレムを、伝統的ユダヤ教徒はどうとらえているか。
1世紀にエルサレム第二神殿が破壊された。
そして5世紀に編集されたタルムードでは、この出来事について、歴史的には神殿を破壊したのはローマ軍であったが、タルムードは、「ユダヤ教徒が罪を犯したからだ」とした。その罪とは、「ユダヤ人同士の間の、理性に欠ける憎しみと嫌悪」であった。
敬虔なユダヤ教徒は「帰還する」と毎日唱えるが、これは文字通りの意味ではない。キリスト教徒のキリスト再臨の想いよりも強いものではない。あくまでも信仰の中でのもの。
世俗的なものを神聖化し、神聖なものを世俗化する動きがある。
民族ユダヤ教は、ラビ・ユダヤ教の平和主義を、過去のものだと否定する。ヘルツルなど19世紀の中央ヨーロッパのユダヤ人は、自己嫌悪に陥っていた。約束の地に帰ることで、自己を正常化する、他の国と同じになることを望んだ。シオニストのユダヤ人帰還は、伝統的ユダヤ教徒に反するものである。プロテスタントと反ユダヤ主義の代物だ。シオニストは無神論者だったが、英国人の聖書への感性をどう生かすかを心得ていた。政治的シオニズムの利用は現在も続いている。
クリスチャン・シオニストは1967年以降に入植地に住むユダヤ人を支援している。本来のユダヤ教ではありえない奇妙な同盟関係だ。これを皮肉って、イスラエル南部のベングリオン大学のある教授が言った。
「神がこの国を私たちに与えた。しかし神はいない(と無神論者が言った)」
たいていの人は、ユダヤ教とシオニズムを同一視します。西洋のマスコミも日本のマスコミも。イスラエルをユダヤ人国家という。アイルランド、ポーランド、バチカンですらカトリック国家とは呼ばれません。シオニストのイスラエル正当化が西欧のマスコミに及んでいる。シオニストはイスラエルこそ世界中のユダヤ人の国であると建国の正統性を主張している。
今日の多くのユダヤ人にとって、シオニズム国家イスラエルが聖書やトーラーの教えを置き換えてしまっている。こうなることはシオニズムに反対する人には分かっていた。かつて、敬虔なユダヤ教徒はシオニズムに反対した。リベラルなユダヤ教徒も、改革派ユダヤ教徒も反対した。今日、米国のユダヤ人の大半が改革派ユダヤ教徒だ。正統派ユダヤ教徒と改革派ユダヤ教徒は、しばしば敵対的だ。
20世紀の初めに、ドイツの正統派ラビが言った。
「シオニズムは今までユダヤ人を襲ったもっとも恐ろしい危機だ」
最近、イスラエルで反シオニズムの人々がデモをした。
シオニストは「反ユダヤ主義と反シオニズムの同一視」の図式を構築しようとしている。フランスである人が反シオニズムの発言をしたら反ユダヤだとして処罰された。フランスにおいて反ユダヤ主義は罪である。私の国カナダでも、立法の整備がされつつある。英語圏のプロテスタントが支持基盤だ。カナダ首相は、「たとえカナダの国益を害してでも、イスラエルを支持する」と言っている。
シオニズムとキリスト教の結びつきの深さ。今日、このシオニズムは115年ほどたつ。大きな変化を遂げた。
今日、イスラエルは新自由主義であり、貧富の格差はOECDで2番だ。もともとロシアからの移民はキブツなど社会主義的平等を目指していたが。世界の右派運動はイスラエルを手本としている。
クリスチャン・シオニストは、政治的ではなく宗教的理由でイスラエルを支持している。ユダヤ人がそうした考えを知ったのは、プロテスタントよりも何世紀も後だ。
「イスラエル国家がなければ、キリストは再臨しない」とクリスチャン・シオニストは言う。(終)
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