明治学院大学の岡部光明教授にプリンストン大学の話を聴く(1/21修正) |

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1)お正月に実家でネットをしていて、偶然、SFCの岡部光明教授によるプリンストン大学の学部教育に関する論文を発見し、非常に感動した私は、現在は明治学院大学国際学部にお勤めの岡部教授を訪ね、かつて1年間教壇に立っておられたプリンストン大学の話と、日本の大学についてお伺いしました。岡部教授の一人称でお届けします。
2)プリンストンは世界最高の大学だと私は考えています。研究も、教育も、卒業生の結束も、卒業生の活躍も、そして大学のある環境もみな素晴らしい。私がもし50年若ければ間違いなくプリンストン大学に入学します。プリンストンは世界最高レベルの研究大学である上に、他の一流大学と異なり教育を最重視している点で非常にユニークです。
3)例えばハーバード大学は研究重視で、学部生の教育を大学院生に相当依存するなどの実情があり、それとは対照的です。なぜそれが可能か。プリンストンは研究面で世界的業績のある教員しか採用しない、そのうえ教育に熱意のある先生しか採らない。そして、一人あたり教員の担当コマ数は日本の大学よりもずっと少ないからです。
4)1人の専任教員が担当するのは、大学院1コマ、学部1〜2コマというのが普通。だから学生の面倒がみられる。アメリカの大学ランキングでは、教員一人当たりの学生数が重要な評価基準になる。日本の私大は1対30とか40とかだが、ハーバードは1対8、そしてプリンストンは1対5だ。
5)また大都市ではなく、中規模の町にあるのもプリンストンの恵まれた点です。学部の組織は「アーツ&サイエンス」のみ。日本語で言うと文理学部、あるいは教養学部だけがある。プリンストンは学部段階では専門教育を施さないという方針。教養教育を重視しているのだ。
6)1・2年生のうちは、広くリベラルアーツを学ぶ。ベーシックな知的スキルを習得し、人類が蓄積してきた知識をバランス良く展望する。そして3年次からは専攻領域に分かれた勉強が始まる。いわゆるメジャー(主専攻)、マイナー(副専攻)だが、プリンストンでは前者をコンセントレーションと称している。デパートメント(学科)は29ある。卒論は必修。自分の専攻学科以外の科目も自由に取れる。
7)29の専攻は、人類学、建築、考古学、天文学、化学、古典、比較文学、コンピュータサイエンス、東アジア研究、エコロジー、経済、英語学、フランス語イタリア語、地理、ドイツ語、歴史学、数学、音楽、哲学、物理学、政治学、心理学、宗教学、スラブ語スラブ文学など。
8)研究面では世界レベルの研究を各教員が行なうことを当然の前提としているうえ、教員の教育に対する熱意は他大学で例を見ないほどだ。そして学生と教員の距離を近づけるシステムも整っている。その面での大きな特徴の一つは、事実上全寮制であり、学寮単位で行われる1年生のセミナーがあること。そのテーマは「エジプト考古学とヒエログリフ」「意思決定の心理学」「20世紀の詩と詩人と政治と戦争と宗教と芸術」(←すごい科目名)など実に多種多様だ。
9)1年生のセミナーで、このように狭く絞り込んだ専門的なことをいきなりやる機会を与えることによって学問に触れさせるわけです。しかも世界的権威の教授本人がそれを担当するのだ。ノーベル賞受賞者、将来ノーベル賞を取りそうな教員がゴロゴロいて彼等がそれを行うのです。こうした超一流の先生といえども全員、学部の授業を担当するのがプリンストンの大きな特徴である。この面でのポリシーがハーバードやスタンフォードと大きく異なるように思う。
10)日本の大学では、教育に力を入れても教員の評価に繋がらない。これは、一度正規採用されると定年まで安泰だから、寝っ転がってしまうケースが従来は多かったからだ。アメリカでは、まず5年任期の助教授から教員の経歴が始まるのが普通。しかもその後は同じ大学に残れる保証は全くないから、大学間における教員の流動性がスゴイ。またアメリカの大学では、学期末に行われる学生による授業評価の結果が掲示板に貼りだされる。学生が履修する授業を決めるうえでそれが重要な情報となるので、教員は授業に熱心に取組まざるをえない仕組みだ。私が米国の大学(ペンシルバニア大学、プリンストン大学で各1年間)で担当した授業についてもむろん例外でなかった。幸い自分としてはうれしい評価を得た。日本でなされている授業評価はもっと活用する余地がある。
11)私はここに来る前に15年間、SFCに居ました。SFCはプリンストンのような伝統的なリベラルアーツ教育ではなく、最先端の課題に取り組み、問題発見・解決型の、政策立案できる人材を創る場を標榜するキャンパスだ。それがどの程度実績を挙げているかの評価は色々な面から可能だが、私の体験からいえば学生の勉学意欲と積極性のいかんで得られる結果が大きく左右される点が特徴だと思う。能力と意欲のある学生はとてつもなくすごい成果を出すケースがある。例えば、学部学生の研究を私との連名の論文に仕上げて金融学会で発表したことも2回ある。一方、受け身な態度で過ごす学生は中途半端に終わるリスクがある。
12)SFC創設期に東大から移籍してきた何名かの教員が述べていたことを思い出す。「平均的な学力は東大生が上だが、SFCには東大をしのぐような、とんでもなくできる学生、桁外れの力と意欲を持った学生が時々いる」と。SFCはやりたいことをすでに持っている学生、あるいは入学後にやりたいことを見つけた学生はすごく伸びる大学だ。SFCは創設時、日本の大学として革新的なことがら(AO入試、授業シラバスの提供、教員オフィスアワーなど)を数多く打ち出して大きな注目を浴びた。しかしそれは、世界の大学では当たり前のことを日本で最初にやったから目立ったに過ぎない面があった。世界から評価されるには、SFCであれその他の大学であれ、そうしたことを当然の前提とし、その上に何を提供できるかが勝負どころなのだ。
13) SFC型の教育、つまり問題発見・解決型の教育というのは、大学院レベルでやることだというのがアメリカなどでは標準的な見方であり、学部レベルでそれが本当に成功しうるかどうかは、まだ確たる答えが出ていない。何らかの学問的な切り口、つまり何かのアカデミック・ディシプリン(専門分野)をまだ身につけていない学部学生にそれが本当にできるのだろうか、という批判は常にありうる。山内さんもそう思っているでしょう?
14)既に述べたとおり、一部の学生は大いに成功していると私は思う。だが、SFCに入学する平均的な学生にとっても、そうした道を準備することがSFCの大きな課題であった。プリンストンに関する私のレポートは、当時SFCの全教員に配布し、カリキュラム改善を担当していた同僚から多くの点で賛同を得た。むろん、一つのレポートの影響というよりもSFC全体の知恵を統合した結果としてその後、SFCカリキュラムはその体系性・伸縮性・発展性などの面で抜本的に改善された。その例として卒論の必修化、研究会(ゼミ)の性格改善、週2コマ4単位の授業の新設など、SFCとして創設以来3度目の大改革がなされたのが今のSFCのカリキュラムだと見ている。当初のカリキュラム、あるいはその次に登場した「SFCバージョン2」と称するカリキュラムに比べ、現行のそれは他大学にないユニークなものになっていると思う。
15)ところで、明治学院大学の国際学部は、女子学生が2/3を占めておりそれがキャンパスの雰囲気を支配しているが、男子学生もよく勉強している。国際学も総合政策学も、ともにここ20年あまりの間に登場した比較的新しい学問領域だ。その研究手法の基礎には既存の学問がある。それら二つの新しい領域は、ともにイシュー(課題)中心型、多分野活用型である点を特徴としており、そうした研究を束ねるのがこれら二つの学部だと思う。一つの新しいディシプリンという表現をすれば誤解が生じやすいのではないか。
16)大学学部レベルの教育では何を身につけるべきか。私はアメリカ流の教養学部の思想がいいと思う。私はこれまでの経験と考察を整理した結果、学部教育の核心は「日本語力」、「向上心」、「インテグリティ(誠実さ)」、この3つにある、と考えるに至った。それを数年前から書物などで主張している。専門的な知識は数年経てば陳腐化し、また忘れてしまう。だから永続性、普遍性のあるこうした3つの基礎的な素養を身につけることこそ学部教育の核心であり、そのために大学で知識を教わり、自分で考える訓練をし、きちんとした生活態度を身に付けることが大事だ。
17)残念だが、日本の高校生がストレートにプリンストンに入学することは非常に難しいだろう。プリンストンの入試では、アメリカの大半の大学と同様、応募者の国内外どこから来るかを問わず面接試験がない。そして、全米統一学力テストの成績のほか、推薦状や自己PR書など、書類審査だけ。書類審査によって高校時代の活動、学力、将来のポテンシャル、同僚学生や大学コミュニティへの貢献の可能性などを総合的に判断する。受験勉強をやっているだけの日本の高校生にとってはハードルが高い。
18)もう50年も前になるが、あこがれて入学した東大では、教養学部の授業で目を開かされるような知的刺激を受けたり、感動したりする授業、あるいはさすがこれこそ大学か、と思わされるような授業は残念ながら一つもなかった。あ、黒川純一教授の社会学概論だけはよかったかな。ゲマインシャフト、ゲゼルシャフトといったいま思えば古典的な内容だったが、感動して聞いたことを思い出す。そもそも授業は大教室で行われるものが大半であり、また教員の熱意が伝わってくるような授業はあまりなかった。アメリカの大学はそうでないのだ、ということを書物で読んでいたので、是非そこで勉強してみたいという気持ちが当時から非常に強かった。その結果、アメリカの大学の学部課程で1年、大学院で2年、それぞれ学生として学ぶ機会に恵まれた。そして当時は予想すらしなかったが、その後アメリカの大学で2年間、教壇に立つ機会も得た。
19)アメリカの大学と日本の大学は、制度面で相当大きな差異があるほか、何よりも勉強への取り組みの真剣さにおいて残念ながら雲泥の差がある。プリンストンの学生は死に物狂いで勉強している。貴重な週日にバイトのため多くの時間を費やしている日本の学生とは違う。その一つの理由は、高額な学費を親が出すのではなく学生自身が夏休み期間中に自分で稼いで納入していることにあると思う。
20)明治学院大学の国際学部は、日本で最初にその名称を名乗る学部として創設された。しかしその後、多くの大学で「国際」をうたう類似学部が相次いで設立された。本大学としては先端性を維持し、社会や学生のニーズに応えるべく今年4月に、授業を全部英語で行なう「国際キャリア学科」を立ち上げ、そこに国内外の学生を受け入れます。SFCでも同様に今年9月から、英語だけ勉学して卒業できる新しいコースを立ち上げるようだ。日本の大学もいまや国際的な競争を考えて運営していかなければならない時代です。機会があれば「国際キャリア学科」をPRしてください(http://www.meijigakuin.ac.jp/~kcareer/)。どうぞよろしく。(おわり)

お忙しいところありがとうございました。
岡部光明教授のホームページ
明治学院大学の教員紹介ページ
プリンストン大学の教育内容については、こちらも参照
http://tyamauch.exblog.jp/15275329/


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