マサチューセッツ工科大学(MIT)の飯吉透@iiyoshi先生 |

ウェブで学ぶ ――オープンエデュケーションと知の革命 (ちくま新書)
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1)Twitterで出会った先生に会いに行くシリーズ! 今日は、マサチューセッツ工科大学(MIT)教育イノベーション・テクノロジー局シニア・ストラテジストの飯吉透@iiyoshi先生です。先生は高等教育システム・教育イノベーションがご専門です。それでは例によって先生の1人称でインタビューをツイートします。
2)MITと東大全体の年間の予算規模はほぼ同じだが、学生数が違う。もちろんMITのほうが少ない。MITと、ハーバードやイェールとの違いは、MITは公立高校出身者が多い、すなわち、お金持ちの学生ばかりではないということだ。MITはわざとそうしており、それを誇りにしている。
3)MITには、中産階級や、それ以下の出身の学生が多く来る。「お金はどうにかしてやる!」という方針だ。大学が奨学金を見つけてきたり、学費を免除したり。だから、入学が許されたのに、お金がないから進学できない、という学生は、絶対に出さない。
4)学費は年間300万円ぐらいかかる。だが、MIT出身者の平均的初任給は約600万円ぐらいなので、「2年も働けば学費分ぐらい返せる」と学生たちは思っている。MITでは、学生個人個人の、4年間で出来上がる人間というものがものすごい。これは教育力の高さだ。
5)アメリカの学会にやってくる、日本人の人文社会科学系の研究者の発表には、聞くに堪えないレベルのものが多い。だから聴衆が集まらない。さらに懇親会では、日本人だけで群れている。なぜネットワークを、集合知を活用しようとしないのか。それは、彼らの出た日本の大学・大学院がそういう環境にないからだ。
6)日本の大学院研究科は講座ごとのタコツボになっている。大学がまるで日本企業の縮図のようだ。そんな環境で、大学院生や若い研究者が、外に飛び出そうという意欲がわかない。アリバイのような研究をするだけで年功序列で地位が上がっていく。企業もそう、ミスさえしなければエスカレーターで出世。
7)とにかく日本の企業も大学も、競争力、活力がない。そんな環境で育った先生が大学教育を担っている。教育水準は推して知るべしだ。企業も大学も、上司に歯向かってくるようなタイプの元気な人はいらない。そういう人はそもそも採用されない。だから企業も大学も成長しない!
8)競争させないとダメだ。今の大学は、だましだまし延命させている状態だ。大学はどんどん潰れていい。存在意義のない大学は淘汰されるべきだ。中国やシンガポールにどんどん海外の大学が進出しているが、彼らはそれを歓迎している。なぜなら、現地が活性化し、ノウハウが学べるからだ。
9)人材も流動化する。産業の基盤もできる。日本だって昔はそうだったはず。格好いいアメ車にあこがれて、自分たちで技術を取り入れて改良し、優れた日本車を生みだした。だが、80年代に成功に酔いしれてしまい、努力をやめてしまった。そして今、後発の国に負けている。
10)企業も大学も、日本の中では、まだ「おままごと」が許されている。だが、もうダメだということが露呈した時には手遅れだ。
11)MITでは、ファカルティ(大学教員)と学生のインフォーマルな場と実時間の充実ぶりが、日本の大学とは圧倒的に違う。アメリカの先生は、学生との交流を極めて重要視する。大学側も、自然に集まれる場やイベントを用意している。講義を超えた関係、コミュニティの一員としての付き合いがある。
12)日本の大学の教員は、こうした学生との交流を、「時間を取られるからいやだ」という。そして文部科学省は、15コマ授業をやるというフォーマルな時間を強制している。役所は、制度化すればそれでいいと思っている。だが、制度化を推し進めるほど、中身は空洞化していく。
13)MITの入試は、学力のほかに、高校での活動の記録を重視する。社会奉仕活動でも何でもいい、自分の誇れるようなものを、ポートフォリオを作ったり、エッセイを書いたりして、幅広く自分をPRする。
14)例えば、日本の受験生がMITを受験したいと思ったとしよう。MITは、日本にいる卒業生を探し出して、受験生と1対1で面接させる。大学教職員ではなく、一卒業生に、受験の面接をさせるのだ。これは、MITの卒業生なら、見抜ける、という。絶大な信頼と、自らの教育への自信ゆえだ。
15)これはエリート主義ではない。本当に自分たちの大学に合った受験生かどうか、互いの相性を見るのだ。MITは入学時には学部を選ばない。1年生の時はみんな一緒で、2年生で学部を決める。MITの大学教育というと、のびのびとした自由なイメージを持つだろうが、実は1年生はそうではない。
16)MITの1年生は、ノイローゼになりそうなぐらい、めちゃめちゃに勉強させられる。学長いわく、消防車の放水のように。浴びるように、リベラルアーツやサイエンスやテクノロジーの独自の基礎科目をやる。宿題はめちゃくちゃに多い。このスパルタ教育は、日本の受験生なんてもんじゃない。
17)MITの授業は必ずしも全部が少人数ではない。むしろ、学生の嗜好に合わせて選ばせている。たとえば「物理概論」なら、300~400人の大教室の講義形式の授業と、インタラクティブ&アクティブラーニングの80人授業(TA多数配置)の2種類がある。
18)MITには、シニアレクチャラーという、教育専門のベテラン教員がいる。彼らはテニュア(終身雇用資格)は無いが、大学教育のプロ中のプロだ。リサーチもする普通のテニュアの教員(フルプロフェッサー)とチームになって教育をする。シニアレクチャラーも教育に関しては、教授に負けずとも劣らないほど優秀だし、学生からもそう見られている。
19)シニアレクチャラーは、「教育専門教員」として生き延びるために自らの教え方を進化させ続ける。日本でわかりやすく言えば、予備校の人気講師のように教育のプロになる努力や研鑽を怠らない。これはほんの一例だが、MITは、学生が社会に出るときには、一流の研究者として社会に出すという使命感を持っている。
20)MITでは、教員が学生を「学術コミュニティー」における一員同士として尊敬している。わからないことがあれば、謙虚に、学生から学ぼうという姿勢を、どんなに偉い先生でも持っている。人間的に互いをリスペクトしているのだ。研究ができるのは当たり前で、教育にも重点が置かれている。これが日本のトップ大学とは大きく違う。
21)日本に留学生が来ないのは、日本語という言語の壁だけが原因ではない。留学生が世界から来るに値する教育をしていないのだ。
茂木健一郎 クオリア日記 新しいカレッジ
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