アダム・スミスの『大学論』 |

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1)アダム・スミス『国富論』(中公文庫)第三巻110ページからしばらく、大学の話題が続く。フランス革命やアメリカ独立の時代のイギリスの大学だから、とても昔の話なのだが、本質的なテーマだと思うので、ぜひ一部を皆さんにご紹介したい。(以下、引用)
2)学寮や大学の校規は、総じて、学生の便益のためではなしに、教師の利益のため、もっと端的に言ってしまえば、教師の安逸のためになるようにできている。その目的は、どんな場合にも教師の権威を維持し、そして教師がその義務を怠ろうがやり遂げようが、
3)学生の側はどんな場合にも、教師があたかもその義務を最大の勉励と能力でもってやってのけたかのように、教師に対してふるまうことを強(し)いることにある。校規は、教師という階層は完璧な知と徳を持っているのに、学生という階層は最低に欠陥だらけで
4)愚かだという前提に立っているかのようだ。しかし、教師がほんとうにその義務を果たしている場合には、学生の大半が、いやしくもかれらの義務を怠るなどという例はない、と私は信じている。真に出席するに値する講義ならば、そういう講義の
5)行われているところでは、どこでもよく知られているとおり、出席を強制する校規などおよそ必要がない。もっとも、強制と拘束も、児童、あるいは少年といってもごく小さい者たちを、教育のうちで、一生のそういう早い時期のあいだに身につけることが、
6)かれらのために必要だと考えられる課程に強いて出席させるためになら、ある程度必要なことは疑いなかろう。けれども、十二、三歳をすぎれば、教師がその義務を果たしている限り、強制とか拘束とかは、教育のどの段階を行ってゆくにも、その必要は
7)まずありえない。若い者の大部分は、とても寛大なもので、教師の指導を無視したり、軽蔑したりする気になるどころか、教師の側でかれらの役に立とうという、まじめな意図を示しさえすれば、教師がその義務を果たすうえで、いろいろまちがいがあっても
8)大目に見るし、時には、えらく怠慢なことをしても。世間には知られないように、かばおうとさえする気になるのが普通なのである。(了)

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