(完全版)危機にあるイギリスの大学教育 2013.01.18 |

2013年1月18日(金)16:45~18:45に早稲田大学大学院教職研究科主催で開催された、Norbert Pachler氏(ロンドン大学教育研究所国際教師教育主任教授)の講演「イギリスとアメリカ合衆国における教員養成改革の最新事情(通訳付き)」を聞いてきました。
http://www.ted.waseda.ac.jp/wp-content/uploads/2012/12/the-handbill-of-the-lecture.pdf
=講演趣旨=
教育政策は緊急の課題を抱え、教師教育への期待は高まるばかりです。教師教育の争点は理論と実践の関係であり、そこには学究的アプローチとエビデンス情報に基づいたアプローチ(Evidence-Informed Approach)との不協和がみられます。一方、PISAやTIMMSといった国際調査が教育効果として注目される現実もあります。今回の講演では、英国の教員養成政策を批判的に検討し、教師教育学の視点で可能な対応を考えていきたいと思います。
※本講演会は英語(通訳付)で行われます。
=講演者プロフィール=
Norbert Pachler (Ph.D) Professor of Education
Director: International Teacher Education
Institute of Education, University of London
ロンドン大学教育研究所(IOE)国際教師教育の教授兼専攻主任。研究関心は、教育における新技術の応用、教師教育、外国語教育。ロンドン・モバイル・ラーニングの主宰者、theLanguage Learning Journalの共編者、the London Review of Education の編集補助、Reflecting Educationの編集者。
──ロンドン大学教育研究所(IOE)は、小中高の教師になる人を教育する機関である。毎年1300人の学生を抱えている。IOEはロンドン大学の中でも、独立した大学である。500校以上のパートナー校(小中高)と連携した教師教育をしている。教員を志望する人は、各大学で3年間学んだ後、IOEで1年間学ぶ。その2/3は教育実習で、1/3が座学だ。
英国では、教師になる道は複数ある。欧州全体で教員不足だ。それは、教師を軽視する風潮から、優秀な人が教師にならないためだ。教師になるには時間もお金もかかるが、ただ大学に行くだけではなく、働いてから教師を目指すなど、お金のかからない代替手段もある。多くの学生が、一度社会人になってから、その後、学校に入って教員になるという方法も選んでいる。
現在のイングランドでは、教員の資格のない人がいきなり小中高で教え、大学の関与なしに教師にする仕組みがある。英国人は伝統的に大学を信用していない。教員は大学で作るだけではなく、現場で作ってもいいと言う方針がある。だが私はあまりいいとは思わない。理論と実践の間にはバランスが必要だが、今の教育大臣の元では理論軽視である。
英国で教員になるには4つの方法がある。
1.大学ベースの教育 4年次に1年間。24週間の実習と、12週間の座学。これで学部卒の教育資格を得る。
2.社会人教育研修
3.(小中高)学校による養成
4.教員資格が無くても、経験を積めば誰でも先生になれる。大学などの機関に申請し、検証してもらえば。これはまだ主流ではない。
School Directという考え方
英国政府は「大学なんて意味がない」と言いたいらしい。学校(小中高)が政府からお金をもらって、各学校で教員を養成する。もちろん大学とは連携している。大学ではなく、小中高が、「我々の学校で教えてもらいたい」という先生を選ぶ。各校がリクルートをする。30分の面接で、志望動機や経験を聞く。教科の知識や学位のチェックをする。校長先生や雇用主が先生を選ぶ。財政面でのメリットもある。学費免除+給料も出る+奨学金が出ることもある。
Teach Firstという考え方
これはアメリカで始まった。(山内注・いわゆるTeach For America)
ほっとくと金融に行くエリートを、2年間入社を待ってもらって、その2年間だけ教員をやってもらう。マネジメント力を身につける。2年経つと、教育業界に残る人も出てくる。これはネオリベ(新自由主義的)な考え方である。小中高が教員の教育に大きく関与するようになってきている。スタッフと教育実習生の関係はメンタリング、メンターである。1年間は我々のところに来て、そのうち2/3は実習。政府によって、教師になるためには何が必要かという基準が示されている。大きな変化が起こっている。教育理論重視から、実務、実践、応用力重視になってきている。状況に合わせて教育内容を変えるなど。理論を実践に生かすことを学生が自分でやる。
この新しい教育基準の策定は、政府に小中高の校長が呼ばれた。大学抜きで。10項目の基準を作った。(山内・スライドが全部英語だったので内容は書き写していません。すいません)このすべてを満たさないといけない。ここまでは政府の意見。
教師の専門職業意識について、我々学術側はどう考えているか。別の定義があり、政府に対し建設的批判ができる。学術側は、政府のネオリベ「市場経済政策」を批判する。教師を単なる「仕事」にしてはいけない。神聖なもの。単なる「お金をもらう仕事」にすべきではない。政府はそうしてしまっている。
今の政府のやり方は「反知性」である。実務重視は知性の軽視。政府のやり方はおかしい。政府によって「教師はこうだ」と決められてしまった。実践だけではダメだ。教師は自分で考えるべきで、誰かにああしろこうしろと言われるものではない。そのほうが伸びると言う研究成果も出ている。この「基準」を額面通りに受け取れば、悪いことは言っていないが、これをリストとして与えられているが、他にも必要なのではないか。
政府から与えられた教員の基準は、反知性、理論軽視、研究や学問を軽んじている。教育を単純化しようとしている。アメリカにはまた別の基準がある。こちらは教室でのパフォーマンス(技能)+知識+クリティカル・シンキング(批判的思考)を重視している。教員の基準はあってもいいが、その中身には注意が必要だ。
フィンランド方式の教訓
フィンランドは素晴らしかった。大きな成功を収めた。OECDでも断トツだ。しかし世界全体のグローバルな教育の動きは、フィンランド方式とは似ても似つかぬものだ。
(参考まで)
フィンランド共和国・スウェーデン王国における教員養成制度と附属学校園の役割に関する調査研究
http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/itaku/__icsFiles/afieldfile/2011/06/16/1307272_3.pdf
グローバルな教育の流れは、
英国政府、市場主義で成功すべき。グローバルな教育改革。指導や学習の標準化。規定通りにカリキュラムを教える。試験をもとに説明責任を取る。
フィンランドは、
カスタマイズ、相手に合わせ画一化しない。クリエイティブな学習。カリキュラム一本やりではない。リスクを取る。過去から学び、イノベーションを自分のものにする。自分で考える。責任と信頼の共有。先生だけを責めるのではなく、ステークホルダーが共有する。
スコットランド政府は調査をして、教師には4つのタイプがあると定義づけた(早すぎて書ききれず)。教員不足である以上は、アクセスを広げるメリットはあると位置付けた。さらに研究を進めていく必要がある。
イギリスの教員養成はどうなっていくのか。本当にこれでいいのか。長期的な研究が必要になるでしょう。
教師の学問的な技量の高さが、生徒に良い影響を与える。しかし、教師に学力テストをすればいいかというと、そうではない。TFA(Teach for America)のやり方は、本当にそれでいいのか? 学力テストの高い人、良い大学の人=いい先生ではない。新任教員に対しては、体系的なメンター制度が大切だ。政府は大学の役割を減らそうとしている。メンター制度も悪化するのではないか。
教員の質は生徒の学習成果に大きな影響がある。これはアメリカの例ですが、高度な教員免許(教職大学院or修士)があった方がいいかどうかは、なんとも言えない。しかしフィンランドは全員が修士で良い結果が出ている。しかしそれは間接的な影響かもしれない。フィンランドは、教員の社会的地位が高い。だから優秀な志望者が来る。そして、きちんと大学教育で教員養成をしている。
私は、研究の重要性を申し上げたい。研究を進め、理解を深める。政府の姿勢は国によってまちまち。イングランドは研究軽視だ。
「教師教育(者)の教育学」について
大学の先生は、どう大学生を扱うべきか。5つの重要なポイントがある。
1.実践を中心に据えること。内省的実践。英語圏では頻繁に使われている。他者によるフィードバック、改善。理論的な視点を重視すると、効果が高い。理論の裏付けが重要。
2.クリニカル・プラクティス、臨床的な(教室での)トライ。
3.Approximation マイクロティーチングのような手法。大学4年生に対して教育を行ってみる。(山内メモ・仲間同士で先生・生徒をやることか?)
4.ハイ・レバレッジ 影響力の大きいもの
5.Lesson Study 授業研究。これは日本発のもので、今や全米に広がっている。グループでの活動の重視、実践のコミュニティー。(「学び合い」みたいなものか?)
教師教育は、理論、グループ活動、研究力の醸成、全体像を見ることの4つが重要。1校にずっといると、その学校にしか合わない先生になってしまう。まったく違った性質の2つの学校で実習をしなさい。
リサーチリテラシー(研究する能力)を開発しなさい。探究する姿勢。自ら問いを立てる教師になりなさい。体系的にデータを集める。変化をもたらすことができる。政府が言ってくることは、曖昧模糊としている。教師は自分で理解する能力が必要だ。教師教育ですべてをパッケージで教えることはできない。教育は変化していく。ICTの導入など。自分の頭で考える必要がある。現在、研究がないがしろにされている。しかし、知的な考え方、学究的なアプローチが重要。実践onlyではダメなのだと。イングランド政府の基準では、知的な考え方が軽視されている。(講演終わり)
山内感想 非常に刺激的な講演だった。かなり考えが偏っている気がしなくもないが、現在のイギリスの教員養成が大きな危機にあることはわかる。しかし、大学の先生方は、批判するならば、政府のこうした方針をなぜ止めなかったのか疑問が残る。日本においても、イギリスと同じ「ネオリベ」型教育は進んでいくのだろうか。Teach For America批判も意外だった。
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