『ベルナルドの足跡』 ①夕暮れの国 |

(写真)リスボンの夕暮れ。サン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台Miradouro de Sao Pedro de Alcantaraからサン・ジョルジェ城Castelo de Sao Jorgeを眺める(25.06.2008,Lisboa.Republica Portuguesa)
ユーラシア大陸の西の果て、リスボンLisboaの夏の陽は長い。夜9時ごろを過ぎると、ようやく夕方の気配になってくる。夕暮れは、リスボンの町が最も美しい色に染まる時間だ。
旧市街地のリペルダーデ通りAvenida da Liberdadeでは、道路にせり出したレストランやカフェで、人々が思い思いにビールや海産物を飲食してくつろいでいる。坂の下で、満員になるまで長い間じっと止まっていたケーブルカーAscensorが、ゆっくりと動き出した。
ケーブルカーは、前を歩いている歩行者や犬を鐘を鳴らして追い払いながら、じりじりと坂を登っていく。街が徐々に下に見えてくるのと同時に、テージョ川Rio Tejoが大西洋Oceano Atlanticoにそそぐ河口の方に、ゆっくりと沈んでいく夕陽が見えてきた。
丘の上でケーブルカーを降りると、夕陽はちょうどサン・ロケ教会Lgreja da Sao Roqueのファサードの裏に消えていくところだった。この教会は1584年に天正遣欧少年使節が滞在した場所である。彼らはどんな思いでこの夕陽を眺めたのだろうか。
日中は30度近い暑さだったが、海からの風はすでに肌寒い。小さな公園になっているサン・ペドロ・デ・アルカンタラ展望台Miradouro de Sao Pedro de Alcantaraには、数えるほどの観光客が三々五々集まってきていた。
展望台から街を眺める。「七つの丘の町」といわれるリスボンは起伏が激しい。旧市街地は谷底のようになっており、赤い瓦屋根に白壁で統一された家々に、少しずつ明かりがともり始めている。反対側の丘の上に見える城壁はサン・ジョルジェ城Castelo de Sao Jorgeだ。1500年以上前のローマ帝国時代に建設され、西ゴート王国、イスラム教徒、キリスト教の王と次々に居住者は入れ変わった。1500年前のリスボンはどんな風景だったのだろうかと思う。
展望台から坂道を降りていく。白い石畳は隙間だらけで歩きにくい。しかもほとんどのレストランが道路上にもテーブルを出しているので、まるで店の中を歩いているようだ。外の席には冷たい風が吹いているが、どのテーブルにもきちんと白い紙や布が敷かれ、ナイフとフォークがきれいに並べられ、グラスが裏返されている。
かつて船乗りたちが集ったというアルファマAlfama地区に来ると、一層憂愁の色が濃い。夕暮れとともに、狭い路地を駆け回る子供たちの声は消え、代わりに「FADO」の看板を出した酒場が営業を始める、ファドFadoはポルトガルの民俗歌謡で、物悲しい音色のポルトガルギターに合わせて、女性の歌い手が巻き舌混じりのやや野太い声で哀愁たっぷりに人生の悲哀を歌い上げるものだ。ポルトガル語でSaudadeサウダーデという、郷愁ともノスタルジーとも言われる言葉にならないしっとりとした感情が、波のように押し寄せてくる。
夜10時にならないと暗くならない夏の夕暮れのように、ゆっくり、じっくりと時間が過ぎていく国、それがポルトガルだ。栄光の大航海時代が遠く過ぎ去り、ヨーロッパの中でも貧しいと言われている国の、穏やかな老後のような夕暮れの一時が、旅人を包み込む。昼間の快晴の空と照りつける太陽に輝く街とは違う、リスボンの真の姿だ。
私のポルトガルの旅は、夕暮れのリスボンから始まった。
Onde a terra acaba e o mar começa(「ここに地終わり海始まる」 ポルトガル最大の詩人と言われるルイス・デ・カモンイスの叙事詩『ウズ・ルジアダス』より)

